• こもれびスタッフ

失われたXXを求めて



 手元にプルースト『失われた時を求めて』の第1巻だけがある。吉川一義氏による新訳版だ。奥付を見ると2018年10月に出た第15刷とあるから、おそらくそれくらいの時期に手に入れたものだろう。記憶をたぐり寄せてみると、その頃こもれびで開催していた「英仏カフェ」で、有名なマドレーヌの場面が話題になった。それをきっかけにした購入だった気がする。

 とは言え、手に入れた翻訳を読み通すには至らず、マドレーヌの場面とその周辺だけを拾い読みして、それからずっと本棚に差したままになっていた。第1巻だけしか持っておらず、しかもそれすら読み通していない…悲しいかな、“『失われた時を求めて』あるある”かもしれない。


 そのような状態で放っておかれた『失われた時を求めて』だが、この一週間ほどは「就寝前のお供」になっている。ここしばらく仕事が忙しく息も絶え絶えな日々なのだが、日中の仕事で興奮状態にある頭を鎮めるのに、「私」の語りはちょうど良いようだ。意外なほどスイスイと読み進められている。

 「あぁ、素晴らしき読書よ」という話で終われればこの記事は「ほっこり」したものになるのだろうが、そうは問屋が卸さない。本題はここからである。


* * *


 長々とした語りを読んでいるうちに、「はて原文はいかに」と気になってくる。「遅くまで続く仕事、早くに閉まる店」という現在の状況では買いに出かけることも難しく、どうしてもインターネット通販頼みになってしまう。具体的には、最も有名なインターネット通販サービスである、あちらさん。仮に中国語表記の頭文字を取って「亜」社としておこう。

 英語ならペンギン・ブックス、ドイツ語ならレクラム文庫、そしてフランス語ならフォリオという固定観念があるので、当然、フォリオ版の『失われた時を求めて』を探す。さまざまな版元が出しているのでとても探しづらいが、あれこれと検索するうちに、ようやく見慣れたフォリオの表紙を見つける。作家名が色文字で一番上にあり、次に黒文字でタイトル、そして3分の2ほどを占める画像。よしよし。翌日には届くらしい。早くて助かる。


 翌日、仕事を終えてポストを覗きに行くと、きちんと届いている。自室でさっそく梱包を解いてみると、ん…?フォリオ版ってこんなに大きかったっけ…?という思いが頭をよぎる。しかも、背表紙・裏表紙には何も文字らしい文字はなく、ただベターッとした単色が刷られているだけ。そしてページを開いてみると、異様に広い上下の余白。不審に思って一番最後のページを見てみると、こんな表示。


  Printed in Japan

  落丁、乱丁本のお問い合わせは亜社カスタマーサービスへ


 その瞬間、ようやく気づく。これは!フォリオ版では!ない!!最近よく見かけるようになった、亜社のプリント・オン・デマンドサービスによるものだ!!!

 ためしに亜社のサイトをもう一度念入りに検索してみると、フォリオ版は別に存在していた。ただし、在庫が切れているようで、入手にはだいぶ時間がかかる様子。おそらく、検索になかなか引っかからなかったのは在庫状況のためだろう。

 ただ、版元は違うとは言え内容に違いはないのだから…と思ってはじめのページをめくる。


  Du côté de chez Swann

  Marcel Proust


 そういえばこの本はどこにも、そもそものタイトル( À la recherche du temps perdu )が書いていない。

 そして、もう1ページめくると


  Partie 1

  Combray


 もう本文である。目次もなく、必要最小限の構成なのだな、と思う(ちなみに本書にはPartie 3までが収録されている)。


 ここで、何か違和感を覚える。何だろう。


 改めて表紙を見てみる。


 « Du côté de chez Swann »の下に、« Préface d’Antoine Compagnon »とある。


 ん…?


 Préface?


 …Préface!?


 私が知らない« Préface »の意味があるのかと思い、ためしに辞書を引いてみても、「序文」としか載っていない。


 そう、この本、あるはずの序文がないのである。


 いったい何が起こっているのか。

 邪推するに、このあまりに「フォリオ版にそっくりな表紙」は、おそらくもともと本当にフォリオ版の表紙として使われていたものなのだろう(ちなみに最新のフォリオ版の表紙は別のものになっている)。そしてそれを、自社のプリント・オン・デマンド版の表紙として流用してしまっている、ということなのだろう。しかも、流用したのは表紙だけで、背表紙や裏表紙は何もない。こう書いていて気づいたのだが、おそらくそれらには« folio »の文字が入ってしまっているため、使えなかったのだろう。

 

 え、でも、そんなことって許されるの…?そのへんの権利関係ってどうなってるの、Am…じゃなかった亜社さん…?

 そう思わざるを得ない。本当に、どうなっているのやら。


 ともあれ、とんだ失敗談である。

 皆さんもどうぞご注意を。


 そんなわけで、私はまだ序文を読めていない。

 失われた序文を求めて、いる。


* * *


 いったいどれほど紛らわしい表紙なのか、気になる方もいらっしゃるだろう。商品ページへのリンクを貼るのは癪なので、代わりに本書のISBNを示しておこう。亜社サイトの検索ウィンドウにこれを入力すると、表紙が見られる。


  9798681316558

85回の閲覧0件のコメント

最新記事

すべて表示