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テレワークに照れ、わく

最終更新: 5月2日





 テレワーク。にわかに存在感を増したこの勤務形態。ある日突然これに切り替わり、早1ヶ月あまりが経過した、という方も多いだろう。かくいう私もその一人だ。  しかしこのカタカナ用語、どうにも据わりが悪い気がしてならないが、それはおそらく個人的な体験に基づいている。  かつて私が一介の地方官吏だった頃に”自己啓発のため"読んでいた雑誌に、「○○省でテレワークの実証実験開始」というような記事が掲載されていた。「官公庁とコンピューターとカタカナ用語」という連関から、なにやら昭和のおわりから平成のはじめにかけての独特のニオイを感じ取り、記事を読んだ私の頭の中では、「テレワーク」という言葉についてすっかりバブル期のイメージが定着してしまったものと思われる。雑誌を読んでいたのは10年ほど前のことで、そのこともまた懐古的な印象作りに一役買っているかもしれない。  それが平成も終わり令和になった今、突如として人々の口に上るようになった。そのため、急に時間が巻き戻ったかのようなこそばゆい感覚に襲われている。勝手な、と言ってしまえばそれまでだが、ともかくそのような次第で、「テレワーク」という言葉に照れのようなものを感じる今日この頃だ。恥ずかしいので、できるだけ「在宅勤務」と言うようにしている。  さて、そんなテレワーク、いや、在宅勤務だが、続けているうちに改めて分かったことがある。それは、「我々は日頃いかに、言葉だけでなく、それ以外のものも総動員してコミュニケーションを行っているか」ということ。  オフィスにいれば、例えば同僚とのやりとりにおいて何か話しかけられてそれに応答する場合、目を合わせて軽くうなずいただけでも「了解」の意が伝わることも少なくない。もしくは、軽く手を挙げただけで伝わることすらある。あるいは、沈黙が答えになることも。だが、在宅勤務でチャットツールを使ってやりとりしていると、同じ意を伝えるにしても、わざわざ「了解」しなくてはならないし、ただそう入力するのでは言葉足らずで、例えば「了解しました〜」と「〜」を付けてみたり、はたまた絵文字を付けてみたりして、冷たい印象になってしまわないよう細心の注意を払う必要がある。それは、たとえどんなに気心が知れた間柄であってもだ。メール文化に身を置いてきた現代人としては「文字だけのコミュニケーションの怖さ」(時としていかにそれが誤解を生むことになるか)は重々承知しているはずだったが、ここに来て改めてそれを痛感させられている。一日に何度もやりとりをする仕事上の付き合いでは、誤解の蓄積は命取りになりかねない。「コトバ禍」は恐ろしい。  そんなわけで、毎日過剰気味で言葉を使い続け、外出自粛云々よりもそのことにやや疲れを覚えている。どうやらこの勤務態勢はまだしばらく続くようなので、GW中は少し出力を抑えて休養したいと思う。  皆さんも、どうぞお健やかに。

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