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2019年4月 書肆こもれび 今月の1冊 『数学の贈り物』

書誌情報

タイトル:『数学の贈り物』

著者:森田真生

出版年月:2019年3月

出版社:ミシマ社

http://mishimasha.com/books/sugakunookurimono.html




「まなざし」について考えることがよくある。


人が誰かを、あるいは何かをまなざすとき、そこにはその人の心が如実に表れる。まなざす対象が愛する人であればそのまなざしは愛情に満ちたものになるし、相容れないものであれば冷めたものになりがちだ。


私が惹かれるのは、優しく、そして真剣なまなざしだ。そこに感じられるのは、慈しみの心や探求の心。それらは(人あるいはものを)「愛する」という点で共通しているわけだが、どうやら私はこの「愛」に弱いようである。


「書肆こもれび」という架空の書店の店主として毎月1冊の本を紹介する、ということになったとき、真っ先に思ったのは、「愛を感じられる本を選ぶ」ということ。こもれびには愛がふさわしい。

そんなわけで、2019年4月に取り上げるのは独立研究者・森田真生さんによる『数学の贈り物』。「まなざし」という観点から見るならば、愛はもちろんのこと、優しさや知的好奇心に満ちたまなざしが感じられる1冊だ。


※ ※ ※


2014年1月から2018年12月まで5年間、およそ季節の区切りごとに書かれた19篇のエッセイ。それらは、たしかに森田さんが生きたという記録でもある。息子さんが生まれ、その息子さんを見守りながら一緒に「生きる喜び」を感じる姿、仕事でヨーロッパに行ったことで「日本語の外から」日本語を見つめ直す姿など、いずれも「生きて、愛して、考える」という人間としての根源的な部分に根ざしている。


数学の研究者である森田さんが愛のまなざしを向ける対象には、もちろん「数学」や「数」がある。個人的な話だが、私は数年前に彼のトークイベントを聴きに行ったことがある。そのときの彼は、目を輝かせて「素数の美しさ」を語っていた。

ただ、意外なことに本書では数学について直接的に語られる場面は決して多くない。そして多くないが故に印象的でもある。


 数学は、贈り物である。これが、僕の実感である。[…]数学を学び、語り、教え、探求してきたすべての人たちが、数学という贈り物を、守り、育み、たゆまず継承してきたのだ。  その数学に、僕は何度も救われてきた。人生の葛藤や重荷に押しつぶされそうなとき、数学する時間は、なぜか心静かになることができた。[…]数学の大きな理想を孕んだ思考に、心が救われることもある。この大切な贈り物を、だから僕は、また未来へとしっかり受け渡していきたい。(p.111 「胡蝶」より)

『数学の贈り物』という書名が意味するところが、このパラグラフに凝縮されている。数学によってその身を救われたことで、ますますその愛は深まる。


だが、森田さんの世界は数学や数だけでできているわけではない。そこには家族がいて、友人がいて、仲間がいる。つまり、人間がいる。彼はそうした人間たちも、愛の込もったまなざしで見つめるのだ。


 僕たちは数えることができるずっと前から、人と共感し、共鳴することを楽しんでいた。数で世界を分節する前から、人と心が揃うことを喜んでいた。数と計算が隅々にまで行きわたった世界が、同時に血の通った場所であり続けるためにも、数を知る手前で無邪気に遊んだ、あの原風景を忘れずにいたい。(p.125 「かぞえる」より)

これまた個人的な話で恐縮だが、私自身は数学に苦手意識があり、高校のテストでは赤点をとったこともある。あの頃から早10年以上が過ぎたが、今でも数学には近寄りがたいものを感じ、『大人のための数学再入門』といった類の本も手に取る気にすらなれない。

たしかに、数学の問題が解けたときには嬉しさを感じることは間違いない。しかしながら、多くの場合において、正解に辿り着くためにはどうしたら良いのかさっぱり分からず(公式は暗記しないといけない…?暗記できたところでどの問題にどの公式を使えばよいか分からないのだが…?)、途方に暮れてしまうのだ。私からすれば、そんな数学に「人間」を感じる瞬間など皆無だった。


そんな私でも、森田さんの本を読み、お話を聴いていると、「あ、数学って良いかも」と思えてくる。彼が愛する数学は「優しい数学」であり、そして彼は「数学を生きている」。そんな彼が紡ぐことばには血肉が通っており、決して押し付けがましくはない形で読む者の胸に迫ってくる。


※ ※ ※


こもれびらしく、最後はことばに戻ってきてしまった。

昨年10月のこもれびよりvol.3でも「数学は言葉」とのテーマを取り上げたが、本書を読むと、また違った角度でそれを実感できるように思う。

数学の試験の問題は解けても解けなくても、そんなに問題ではない。大事なのはきっと、数の向こうに人を見ることなのだ。


<もう1冊>

マーカス・デュ・ソートイ(著)/冨永星(訳)『素数の音楽』(2005年、新潮社)


森田さんのイベントに行ったとき、彼が紹介していた本。素数の虜になった数学者たちの姿を描くノンフィクションで、「素数の美しさ」の一端に触れることができる。

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