• こもれびスタッフ

読みづらさの中にあるもの

インターネットを泳いでいたら、こんな記事を見つけました。

https://www.hesge.ch/head/projet/tristan-bartolini-remporte-prix-art-humanite

スイスにある赤十字国際委員会とジュネーブ造形芸術大学が2015年から共同で主催する芸術賞 (Prix Art Humanité) を、ヴィジュアルコミュニケーションを専攻する学生 Tristan Bartolini 氏が受賞をしたという主旨の記事。

賞の名前にもあるように「芸術的感性と完成度をもって人間問題を克服する」ことが目指され評価されるわけですが、さてTristan 氏は何を成し遂げたのでしょう?

フランスおよびフランス語圏で、近年目にする機会が増えているのが « l’écriture inclusive » と呼ばれるもの。「包括的なエクリチュール」と訳せますが、何を「包括」しているかといえば、言語の持つ「性」です。

言語の性、といっても英語以外のヨーロッパ言語に馴染みのない方にはピンと来ないかもしれませんが、よく知られるようにフランス語には(他の多くのヨーロッパ言語同様)、“男性名詞” と “女性名詞” の区別があります。「père 父」や「frère 兄弟」が男性名詞で「mère 母」や「sœur 姉妹」が女性名詞というところまではいいのですが、「voiture 車」は女性名詞で「camion トラック」は男性名詞となるともうついて行けません。ただこの分類、「トラック」が男っぽいから camion が男性名詞になるというわけでは決してなく、ほとんどの場合あくまで綴り上で区別されるカテゴリーにすぎません。

とはいえ。「男性」、「女性」という呼び名がある以上それが昨今頻繁に話題になる “男女平等”、ないし “セクシズム” の議論と結びつくのはやむを得ないというもの。

なかでも問題になりやすい点がいくつかあり、たとえば職業に関する単語がそうです。昔から男女を問わず従事してきた仕事に関してはたいていの場合「男性形」と「女性形」があり、「販売員」ならそれぞれ « vendeur », « vendeuse » となります。しかし現代にいたるまでその多くが男性だった職業に関しては、いまだ女性形が整備されていない単語も多いのです。たとえば「医者」や「博士」を表す « docteur » という単語は男性形しかなく、女性医師や女性博士も基本的にこの形を用いますが、この点がフランス語に潜む「性差別」であると指摘できます。


他にも「ある集団内にどれだけ多くの女性の成員がいようと、その中に一人でも男性がいる場合、集団全体を表すには男性複数形を用いる」というルールもあり、これも槍玉に上がります。よくよく考えてみれば日本語でも男女混合のグループを「彼女ら」と呼ぶことは稀で「彼ら」と呼ぶのが通例になってしまっていますが、フランス語の場合は歴とした文法規則であり、だからこそ「そこにいるのにいないことにされる」女性の扱いに焦点が当たるのでしょう。

それを受け、解決の手立てとなる(と期待されている)のが先ほど紹介した « l’écriture inclusive » です。では実際どのように使うかというと、上記URLのページ内にちょうどいい例があったので見てみましょう。

書き出しの段落に « La cérémonie a réuni quelques 150 invité-e-s. » という文が見つかります。「セレモニーには150人ほどの招待客が集まった」という意味ですが、注目してほしいのが « 150 invité-e-s. » というところ。もし、仮に150人全員が女性なら « invitées » という形を使います。最後から二番目の « e » が女性形、末尾の « s » が複数のしるしです。そして男性だけなら « invités » というように複数の « s » のみを付け足すのですが、男女両方がいる場合でもやはりこの形になるのです。

それが女性蔑視、ならぬ “女性無視” になってしまわぬよう考案されたのが « invité-e-s » のように “-” を使うことで間に女性形を表す « e » を挟み込む書き方です。

しかし、ここで一つ大きな問題が持ち上がります。それは言わずもがな、「めんどくさい」ということです。言語はときどき、残酷なまでの効率性を発揮します。発音面でも綴り面でも21世紀を待つまでもなく “省エネ” が支配していた言語の世界で、「読まなくてもいい音を発音する」、「なくてもいい綴りを書く」というのはときに大きなストレスの元凶になりかねません。

(と考えると現代というのは、ビニール袋の過剰使用を避けるなど環境面では徹底的に「無駄を排除」する一方、性差別や人種差別といった問題に関しては今まで「省エネ」で済ませていたことに改めて目を向け「無駄(だと思っていたこと)を甘受する」という方向に進んでいると言えるのかもしれません)


そこで Tristan氏の出番です。彼はこの「言語のもともとの仕組み上どうしようもない男女の非対称性がある」+「それを解決しようとすれば手間がかかる上に読みづらい」という二重苦を、ヴィジュアルコミュニケーションの学知やアイデアを活かして突破しようとしました。

それがこの、「一文字で男女双方を表せる」文字群です。男性形、あるいは女性形のサインは主に語末に現れます。それを利用し、いちばん後ろの文字を特殊加工することで男性形にも女性形にも読むことができるようにしているのです。



たとえば「idiot 馬鹿者」という単語は、男性形なら « l’idiot »、女性形なら « l’idiote » と表記しますが、なるほど上から四番目の文字列はそのどちらにも読めるような気がします。次いでその二つ下、上から六番目は「rêveur 夢想家」という単語ですが、こちらはさらに凝っています。男性形なら « le rêveur »、女性形なら « la rêveuse » となるのを冠詞にまで手を入れてどちらにも読めるようにし、男女の境を無化しています。

この新しく発明された文字がはたして「読みやすい」かどうかは疑問です。たしかに一目しただけでは識別できないし、さらに言えばどう発音したらいいか皆目見当がつきません。実用性とは程遠いものでしょう。けれど、これによって « l’écriture inclusive » の最大の欠点である「単語がやたら長くなってしまう」という問題を解決しただけでなく、切り捨ててはいけないものがあると広く認識されてきている現代において「読みづらさ ≒ わかりづらさ」と向き合う姿勢を教えてくれている気がします。


彼の作品を眺めていて、たった30にも満たないアルファべで成り立っているフランス語の文字世界でもまだこんなにできることがあるのかと膝を打ちました。それに、何語に属するかもわからないような何だかヘンテコに見える文字たちはそれだけで、まだ誰にも名前を与えられていない新生児のような輝きをも放っています。

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