• こもれびスタッフ

脚と球体とが結ぶ描線

球体であるということ、つまりはいずれの方向にも進みうるということ。

偶然性に満ちた一つの球体の所作に、

いま多くの人々が魅了されている。

瞬き一つしてみれば、次の瞬間には全く予想だにしない展開が広がる。

無限大に広がるシーンのヴァリエーションを前に、

人はいかなる振る舞いをみせるのか。

プレーの選択肢という概念はすでに無効にすら思える。

瞬間瞬間に感応するプレイヤーの身体、

球体との触れ合いを通じて炸裂するイマジネーション。

予想を遥かに超え出る出来事をまえに、

みる側の想像力もまた大きく刺激される。

美しいプレーとゲームには、

きっと世界の奥行きが顔を覗かせている。

ゆえに私たちは一つの球体をめぐる時間と空間に

心を惹かれてやまないのだろう。


そのあまりにもクールなプレーを目にしてしまったのは私が小学生の頃。

長身を駆ってディフェンダーを一瞬で置き去りにしたかと思うと、

こともなげにエレガントなゴールを決めてみせる彼の姿に、

心と身体にうずうずとした胎動を感じた。

自分にもできるだろうか。できたらどんなにいいだろう。

気づけば少なくない時間を、球蹴りをして過ごしていた。


ティエリ・アンリ。これがその選手の名前だ。

かつてフランス代表で活躍し、アーセナルやバルセロナでプレーしたのちアメリカの地で引退した名FW(フォワード)。

今大会で大きく注目されているフランス代表のキリアン・エンバペが、「アンリ2世」なんて言われ方をすることもあるので、聞いたことがある人もいるだろうか。またアンリは現在解説者として活動しつつ、指導者としての道も歩んでおり、このW杯ではベルギー代表にコーチとして帯同している。

とても見応えあるゲームとなったあの日本代表v.s.ベルギー代表の試合でもアンリはベンチにいて、試合後に日本代表DF(ディフェンダー)・吉田麻也らと抱き合う姿が見られたりもした。


現役時代、彼がその背につけていた番号は14。

たったそれだけのことで、

私にとってこの数字が特別なものになったのであった。

また、その番号の上にあった”HENRY”の5文字。

ほう、Hは読まずに、これで「アンリ」と読むのか…

文頭のh(アッシュ)を読まないフランス語に、

はじめて触れた瞬間でもあった。


一つの球体をとりまく物語を素朴に楽しむ時代は、

しかしもう過ぎ去ってしまった。

この四年に一度の祭典を、ただ楽しんでみているわけにはいかない。


スポーツに政治を持ち込むのはご法度とはよく言われるが、

国旗の掲揚と国歌斉唱が必ずおこなわれるゲームをまえに

その通説はどれだけ意味をなすのだろう。


「祖国のために」。あるアルゼンチンの選手が言う。

「国のために」。ある日本の選手も言う。

しかし両者の言葉の間に横たわる、この質感の差はなんだろう。


いまや巨大な一大ビジネスとなり、

ひとつのゲーム、一人の選手のために尋常ならざる額のお金が動く。

ひとりのスター、ひとつの人気チームが成り立つ裏で

だれか搾取されている人々はいないだろうか。


黒人選手特有の〇〇。

日本人らしい〇〇。

紋切り型の形容の裏に、だれか苦しむ人はいないだろうか。


プレーとゲームが、単なるショーに成り下がっていやしないか…。


四年に一度、ここぞとばかりに沸き立つ人々。

頬にのっかる日の丸ペイント。鳴り響くニッポンコール。

「試合見た?え、見てないの?」という言葉。

その裏に、息苦しい思いをしている人はいないだろうか。


不安とともに、かすかな瞋りの気配すら覚える。

しかしここでは、どれが良くてどれが悪いという話をしたいのではない。

考えたいのは、あまりにも多くがここに現出しているということだ。


こうした種々の問題や心配が孕まれるのも、

ひとつの球体が生みだす魅力と強度ゆえだろう。

政治経済の問題とも、そもそも不可分の関係にあるのかもしれない。

我々が目撃するひとつひとつのゲームやプレーを焦点に、

人や世界のあれこれが集約されて見えてくるように思える。


あるものはある。それらから目を逸らさない誠実さをもつこと——。

あらゆるものを受け止めて、

それでもやっぱり最後には、思い切り楽しみたく思う。

一つ一つのゲームやプレーが、少しでも美しくありますように。

その意味であの日本代表v.s.ベルギー代表の試合は、

ちょっぴり嬉しくなった。いいゲームだった。

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