• こもれびスタッフ

綺麗に終わらなかったからこそ

 


 「自粛」期間中、どこにも行かず、誰とも対面せず過ごした。その代わり、と言ってはなんだが、友人とはビデオ通話を使い、オンライン上で顔を合わせていた。


 そんな中、とある友人と話している中で気づかされたことがあった。

 その友人というのは、奇しくも私と同じ大学、同じ専攻(西洋哲学)の卒業で(在籍していた期間は被っていないのだが)、平たく言ってしまえば、私も友人も「文学畑」の人間。そして二人がなんとなく似ているのは、「哲学」に対する態度。哲学専攻でありながら、かたや最終的に哲学への関心を失っていい加減な卒論を書いて卒業し、かたや専攻に進んでまもない時点で哲学に見切りをつけて哲学とは直接関係ない卒論を書いて卒業した(こう並べてみると、前者(私)はただちゃらんぽらんなのに対して、後者(友人)は自分の研究テーマを見つけてきちんと勉強した、という決定的な違いが浮き彫りになるのだが)。

 ともあれ、そんな彼との話では、文学がテーマになることがしばしばある。その日も、そんな話をしていた。たしか、「大学時代、どんなふうに文学と向き合ってきたか」というようなことだったと思う。


 実は二人には先ほどの点以外にも共通しているところがあって、それは、「大学を出たあとも、文学への関心を抱きつづけている」ということ。私の場合、大学を卒業して10年近くになるが、その間、日本語で書かれた小説はあまり読んでこなかったが外国文学は折に触れて読んできたし、時には文学研究に関する本を手に取ることもあった。あえて広く言えば、こもれびに通っていることも、文学への関心と無縁ではないだろう。

 そんな私だが、「ではいったいなぜ、大学を卒業してからも文学への関心を抱きつづけているいるのか」。今回、友人と話していて気づかされたのは、そのことであった。


 具体的に「友人のこんな一言がきっかけになって」などといった類いのものではないのがもどかしいのだが、気づかされたのは、ひとえに「いい加減な卒論を書いて卒業してしまったから」ということに尽きる、ということだ。


 大学時代を振り返ってみると、3年生の途中まで、つまり就職活動を始めるまでは、哲学に対してむしろ好意を抱いていた。自分には「哲学研究」の素質がないことは専攻に進んだ2年生の時から気づいていたが、それでも、いわゆる哲学書を読んでなにがしかのレポートをまとめたりすることは、純粋に楽しかった。

 だが、就職活動が始まると、状況が変わった。当時はリーマン・ショック直後でたいそう景気が悪く、そうでなくても人と話すのが苦手で根が暗い人間である私は、入社試験を受けては落ちることを繰り返していた。当然、気分はどんどん塞ぎ込んでくる。面接で「哲学は社会で何の役に立つんですか」と聞かれ、それに気の利いた答えができなかった、ということも何度かあり、それが気分の落ち込みに拍車をかけていた。結果として、その年の就職はあきらめ、もう1年大学に在籍して、再度就職活動をすることにした。

 そうこうしている間にも、大学の方では卒論のテーマを決め、執筆し、提出しなければならない時期になっていく(このあたりの細かい時系列は、記憶に誤りがある可能性がある)。就職活動の状況を考えると、これまで楽しかった哲学もまったく楽しくなくなり、関心も失ってしまった。「卒論のテーマ」と言われても何も頭が働かず、とりあえず直近で関心を抱いた哲学者を扱うことにしたものの、論文の形に整えるための手続きもはかばかしくなく、焦燥感ばかりが募る日々。

 正直、この時期のことは「ただただ焦っていた」ということだけしか覚えておらず、どのようにして卒論に取り組んだかの細かい記憶はすっかり失われてしまっている。間違いなく言えるのは、「哲学への関心を失い、なんとか字数だけは規定の文字数に乗せた、とても論文とは呼べない代物」を書き上げ、提出してしまった、ということ。指導教授からも「就職が決まっているから」という理由(卒論提出の少し前に無事に就職先が決まった)で、お情けで卒論と認めてもらった体たらくだった。


 周りの友人より1年遅れて働き始めてからしばらくは、とにかく仕事をするのに必死で、本もほとんど読んでいなかった。だから、今でも私はこの時期の出版事情に極端に疎い。だが、1年ほど経って仕事の仕方にも慣れてくると、やはり本が読みたくなってくる。その時手に取ったのは、多少なりとも大学時代の専攻に関係があるものだった。それから今まで、程度の濃淡はあれ、文学との付き合いは続いている。

 心の底にはずっと、「いい加減に書いてしまった卒論」のことがわだかまっている。「あんな形で大学時代を締めくくってしまった」という後悔は、「何も意味のない大学時代を過ごしてしまった」という後悔にもつながっている。逆に言えば、満足のいく卒論を仕上げていたら、大学時代のことはそこで綺麗さっぱり区切りをつけ、文学との縁は切れてしまっていたかもしれない。


 ただ、よく考えてみると人生などというのはそういうもので、文学との縁が切れなかったからこそ出会えた人がたくさんいる。切れていたら切れていたで、また違った文脈の人たちと出会っていた、というだけの話かもしれない。そのどちらがよかったのかは今の私には判断できないが、当面の間は、「いい加減に書いてしまった卒論」を半ばやり直すつもりで、文学と向き合いつづけていくのだろうな、とは思う。


 綺麗に終わらなかったからこそ、続く縁もある。

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