• こもれびスタッフ

続・ブログに代えて

「あれ、、、これだけ?」


そう確かに聞こえたものの、それが目の前に座った初対面の大学生3人の頭の中から漏れ出たものなのか、はたまた他ならぬ自分の心の声だったのかは、もう知る由もありません。

とにもかくにも今日が初回。僕は、せっかく集まってくれた3人をなんとかその場に引き留めようと半ば必死でした。  


10月4日、日曜日。 


その日は、9月に案内していた大学生限定「後期特別フランス語講座」の初回兼オリエンテーションでした。

自分でも初の試みで、情勢も不安定な中、どれくらい人が集まるだろうか?と、始まる前はずっと気を揉んでいました。

定員は大きく「8名」と定め、それを超えた場合の「選考」にも頭を捻り、人が「集まり過ぎてしまった」ときの対策は十分でした。

それに比べ、「集まらなかった」ときのことはしっかり考えていなかった気がします。あまり考えたくなかった、というのが本音でしょう。告知当初はTwitterでの反応も悪くなく、時期が迫れば人も増えるだろう…と楽観視していたものの、蓋を開けてみれば参加希望の連絡をくれた大学生はほんの4名。うち1名は事情があって断念し、最終的に来てくれることになったのは僅かに3人でした。

決して高額ではないとはいえお金を払ってどこかへ「通う」ことのハードルの高さを痛感し、期待していたほど多くはない、とはいえひとりじゃないしふたりでもない、かろうじて「集団授業」と言える「3」という人数を、コップに半分入った水を見るように眺めていました。


開始時間に先立ち、その「3人」がひとりまたひとりと階段を上がって席につきました。時計の針が進み14時になると、彼らの視線が未だ来ぬ「他の参加者」を探しているのが伝わってきます。

僕は決まりが悪いのをなんとか堪え、開始時間になったことと、参加者は「これで全部」だという旨、思ったほど人を集められなかった自分の不甲斐なさと、それでも足を運んでくれた3人への感謝の気持ちを伝えました。


この講座を「失敗」にしたくない、それは始める前から変わらぬ思いです。

ただ、6人くらいは集まってくれないかな?と呑気に構えていたところに「3」という人数は、どう気楽に考えてもこの時点において「成功」とは言えません。


僕の信頼する友人はその「敗因」について、「講座内容が “未定” だったからじゃないかな?」と助言をくれました。たしかにそうです。冷静に考えて、タダではない授業に10回以上通うのに、何をやるかはすべて “未定” と言われれば、多少興味はあっても普通尻込みしてしまいます。

他の人にも「志村さんを知っている人だったらいいと思いますけど」と言われ、返す言葉がありませんでした。僕がどういう人物で、何を狙いとして “未定” なのか、その胸の内がわかる人ならまだしも、僕に会ったこともない人が参加を決心するにあたっては、ほとんど不安要素にしかならなかったでしょう。

それでも、僕はそこだけは変えたくありませんでした。誰が来るかもわからないまま事前に決めた内容ではなく、何人だろうと集まってくれた人ひとりひとりの意見を汲み、自然発生的に授業を作っていった方が絶対に面白いと確信していたからです。


だからこそ、内容が未定にもかかわらず高いハードルを越えて来てくれた、あるいはそれを始まる前から面白いと感じて集まってくれた3人に対してはいっそう感謝の気持ちを強くし、なんとしてもがっかりさせないようにしなければ、と心に誓いました。


とは言ったものの、たった3人でも、全員に共通する関心事を見つけることは容易ではありませんでした。3人のプロフィールは見事にバラバラです。ひとりは、農業系の大学に通いながらも文学や哲学への興味も手伝って語学を志向する一年生、もうひとりは、やはり本が好きだけれど、語学にはまだあまり馴染みのない美大生、そしてもうひとりは、唯一渡仏経験があり、留学中だったフランスからロックダウンにより帰国を余儀なくされた休学生。学年も、専門も、フランス語のレベルも、スーパーに並ぶお弁当の具のようにバラバラでした。


そして協議の結果、やっぱりというかなんというか、『星の王子さま』に白羽の矢が立ちました。3人それぞれが日本語でなら読んだことがあり、僕にとっても大切な作品で、さらに休学生のNさんにとっては「バイブル」だと言うので、よしじゃこれで行こうと、なんとか道しるべを見つけるに至ったのです。

ただ、あいにく全部を読む時間はなさそうだったので、どこかに的を絞ろうと、まずは「ビジネスマン」の住む星が舞台となる13章を読もう、ということになりました。


…そして信じられないことに(と授業の舵を取っていた張本人が言うのもおかしいですが)、13章を漸く読み終わったのはつい先日、最終日の12月20日でした。ページ数にして5ページ足らずの章を読むのになぜそんなに時間がかかったか。それは畢竟、「ゆっくり読んでいたから」と言うほかありません。

初回は授業をしていないとはいえ、以降10回×2時間で約20時間、回によっては3人のうち誰かが欠席し意図的に進行を遅めることがあったというのを差し引いても、一章読み終えるのにこれほど時間がかかるのは僕にも予想外でした。

ただ、こうも言えます。テキストとは本来、このくらいゆっくり読むべきものなのでは?…もちろん、基本的な文法項目も毎回立ち止まって考えたりしていたので、「必要以上」の時間をかけたことは間違いありません。けれど、「必要時間」を過不足なく使い切れば、文章は読めたことになるのでしょうか?そもそも基本的なことこそ、時間をかけて何度でも理解し直さなければならないことではないでしょうか。

こういったことすべて、最初から「何も決めていなかった」からできたことです。好きな時に立ち止まり、先を急がず、興味の赴くままに、たくさんのことについて議論することができました。そしてそれは何より、どんな抽象的なことにも関心を持ち、好奇心を隠さずに聞きたいことは聞いてくれた学生たちのおかげであることは言うまでもありません。


最終日を目前に控えた12月13日、これまた予想していなかった来客がありました。

しばらくお会いしていなかったところにふとしたきっかけでメールを何通か交わし、その中で僕がこの「大学生講座」について簡単に触れると、わざわざこもれびのHPをご自身で確認してくださり、挙句、足を運んでくださることになったのです。


授業見学という形ではないものの、終了後に来ていただき、そのあと久しぶりに飲みに行こうかという話になったので、せっかくだから学生たちにも少しその場に残ってもらうよう声をかけました。

そしていつも通り16時に授業を終え、そのまま3人には小一時間、自由に過ごしてもらいました。いちばん目につく大きい本棚から気になる本を手に取って、たとえば『翻訳できない世界のことば』をみんなで拾い読みしたり。美大生のLさんが、これからこの場所にやって来るというお方のご著書に「予習です」とおどけて言いながら目を通していたのも印象的でした。

もう何度も顔を合わせているので学生同士もさすがに打ち解けてきて、僕が介入しなくても会話が弾んでいるのを「よかったな~」と思いながら眺めていると、階段の下のドアが開く音がしました。


「こんばんは。黒田と申します」


そう言って深々と頭を下げながら現れたのは、以前にも一度だけこもれびに来てくださったことのある、黒田龍之助先生その人でした。

僕がお会いしたのも思えば数えるほどですが、そのたびに言葉や教育について語り合い、僕のことを「友人」と言って、こもれびのことも時折気にかけてくださっています。

そして今回も、労を厭わずはるばる国分寺までお越しくださったのでした。


冬至も間近で日も短く、黒田先生がいらっしゃった頃にはすっかり夜の帳が下りていましたが、腰を下ろしてからというもの振り返れば二時間ほど、あれこれ話に花を咲かせていました。

話題はもっぱら、大学でのオンライン授業やそれを巡る由無し事、黒田先生の苦労話や今後の展望にも耳を傾けながら、学生たちの境遇も話してもらうことができました。

それからもちろん、語学についてもひとしきり語らい、その中で黒田先生が「やっぱりね、本を読むことですよ」としみじみおっしゃっていたのが思い出されます。様々な外国語の本を少しずつ、一年がかりで読んでいるというようなことを聞くにつけ、その姿に、「ゆっくり読む」語学の在り方をも肯定されたような気がして僕は少し安堵しました。


「大学生講座」ですが、ここで終わるのはもったいない、というか寂しい、、、と思い学生たちにも尋ねると、シモーヌ・ヴェイユが愛読書という一年生のTさんが威風堂々と「ボーナスステージですね」と言うので、1月からも続けていく予定です。

3人それぞれに顔をほころばせていて、継続を喜んでいるのが僕だけじゃないとわかり束の間ほっとしました。


講座の名前もいまいちハッキリしないので、通称「志村ゼミ」と改めます。これは僕が言い出したのではなく、「3人で講読は理想的な規模。志村ゼミという名称が相応しいです」と、黒田先生のお墨付きをいただいたので。


4月以降は、まだ何も決めていません。続けられるなら続けたいし、余裕があれば今度こそ少し人数を増やしてやってみたい、とも思っています。


On verra. とフランス語でなら言いたいところですが、日本語でどう言うのがいいか僕にもよくわかりません。次のゼミで話してみようかな。

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