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明晰ならざるもの…


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こちら「“これからの時代対策”って?」のページでも引用した『思考の整理学』(1986)の著者である外山滋比古氏の新著『伝達の整理学』に以下のような一節があります。


戦争にまけて、おかしくなったのであろう。とんでもないことを言う、りっぱな人があらわれた。
「フランス語を国語にしていれば、こんなことにならなかっただろう」
という意見をのべたのは、マチの若者などではなく、大作家であった。気のいい人は、本当かと思ったかもしれない。日本語がいけないと早まったことを考えた人はかなりいたはずである。

この “りっぱな人” とは何を隠そう、明治から昭和にかけて活躍した白樺派の作家、志賀直哉のことです。彼がどこまで本気でこんなことを言ったのか、これはもう今は亡き本人と神のみぞ知るといったところですが、この提案は「フランス語国語論」として知られ、少ない賞賛と、少なくない批判や揶揄の対象となってきました。


本当に本気でフランス語を国語にしようものならいったいどうなってしまうのか、という想像をしてみるのも楽しいのですがそれはまた別の機会にするとして、なぜ、彼はこのような考えに思い至ったのでしょう?


ここで思い出すのが、18世紀に生きたフランス人作家、アントワーヌ・ドゥ・リヴァロルが残したとされる次の言葉です。


Ce qui n’est pas clair n’est pas français. 明晰ならざるものフランス語にあらず


この言葉を耳にしたことがあるという方も多いかもしれません。明晰でないものはフランス語ではない。対偶をとると「フランス語であれば必ず明晰だ」と言うのです。


国も時代も違えど、「フランス語国語論」を唱えた志賀直哉も少なからず似たような想いを抱いていたのではないでしょうか?第二次大戦直後、雑誌『改造』(1946) に「国語問題」という題で寄稿されたエッセイの中で志賀はこう書いたといいます。


「日本は思ひ切って世界中で一番いい言語、一番美しい言語をとって、その儘、国語に採用してはどうかと考へてゐる。それにはフランス語が最もいいのではないかと思ふ。」


日本語は曖昧だからだめだ、論理的ではっきりしたフランス語に倣おう。半分冗談なのかもしれませんが、彼はフランス語を「国語に採用」した世界をどう思い描いていたのでしょう(当の志賀直哉はフランス語をまったく解さなかった、というのがこの話のオチなのですが…)。


たしかに「曖昧さ」の議論はよく槍玉にあがります。日本語はフランス語に比べ曖昧だ、という言説はなかなか根強いようです。いちフランス語教師としての意見を述べれば、文法レベルでは、そういうこともあると思います。フランス語は日本語に比べ、あるいは英語に比べても、話したり書いたりする上でより緻密な区別を要求することがあるというのは事実です。でも果たして、ことばは文法だけで出来ているでしょうか?まして、「見える」「聞こえる」ことばだけが全てでしょうか?


日本語が曖昧なのではありません。そうではなく、日本語は曖昧な言い方“も”できるのです。つまり「言わなくてもわかることは言わない」傾向が強いだけで、このことから日本語を「高文脈(ハイコンテクスト)言語」と言ったりします。反対にフランス語のような言語は「言わなくてもわかることでも言う」傾向が強く、このような言語を「低文脈(ローコンテクスト)言語」と言います。


日本語は曖昧で、だから伝わらない。そうではありません。文脈(≒空気)からわかるから「わざわざ言わないこと」、これも含めて日本語なのです。ちなみにフランス語も、全部言わなきゃいけないなんて面倒だ、と思われると困ります。日本語と違って、主語とか目的語とか全部言っても決して面倒じゃない。だから言うのです。これには単語の長さや発音などあらゆるものが影響するので深入りしませんが、日本語もフランス語もそれぞれの特性を生かし、あらゆる方法で伝え、そして伝わるようになっているのです。


だから「世界中で一番いい言語」も、「一番美しい言語」もありません。「フランス語を国語に」はジョークとしては笑えますが、「一番」は笑えない。それは「世界で一番いい人」を決められないのと同じです。人も言語も、それぞれがそれぞれのまま、尊重される世の中がいいですよね。



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