• こもれびスタッフ

ピンイン依存にご用心?

 こんにちは。秋本です。

 雨続きで寒い日が続くと思っていたら、雨はやまずに気温だけが上がり、ムシムシする今日このごろ。いかがお過ごしでしょうか。


 このところ、秋本名義で「ことばの本屋」のことばかりを書いていましたが、今回は久しぶりにきちんと「こもれびブログ」っぽいことを書こうと思います。


※ ※ ※


 先月の「こもれびより」では、中国語にややスポットライトが当たりました(こもれびよりのレポートはこちらからどうぞ)。そんなこともあり、少し中国語の話をさせてください。


 中国語を学習したことのない方でも、「拼音(ピンイン)」というものの存在を耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。

 ピンインとは、いわば漢字の読み方をラテン文字と声調符号で表したもので、漢字の上に小さい字で書かれます。日本語で書かれた中国語の学習書は、ほぼ必ず冒頭にこのピンインの説明があります。

 具体的には、こんな感じで書かれます。ラテン文字の上にチョロっと付いているのが声調符号で、この符号に従って音声をチューニングするのです。





 このピンイン、日本語で言うところのふりがなのようなもので、とても便利。漢字が読めなくても、ピンインの読み方さえ分かれば発音ができるのです。


 が、このピンインには罠があります。世の中、そう美味しい話だけではありません。以下、私の体験談です。


 まずその読み方ですが、必ずしもローマ字読みをすればよい、というわけではありません。この表記法自体が後付けであるからか、例外というか一定の「癖」のようなものがあります。

例えば、牛乳は(声調符号は省略しますが)”niu nai”と表記します。ローマ字読みすれば「ニウナイ」。しかしこれ、実際の発音を聞くと、カタカナで書くなら「ニオ(ゥ)ナイ」の方が近いのです。”i”と”u”の間には”o”が隠れていて、おまけにさいごの”u”の音は聞こえるか聞こえないかくらいのトーンで発音する、というのが決まりごと。おそらく、ローマ字読みして「ニウナイ」と言っても通じないのではないかと思います。

 ただ、不思議なことに自分一人で学んでいるときは(CDなどで音声を聴いているにもかかわらず)「ニウナイ」だと思い込んでおり、中国語ネイティブの友人に指摘されるまで間違いに気づかなかったのでした。


 そして、もう一つの罠は「ピンイン依存」。


 日本語を使う私は、日頃なんの苦労もなく、漢字に慣れ親しんでいます。そして、漢字を見れば瞬時に音読みか訓読みが頭の中で再生されます。

 そんな人間が中国語を学習すると、はじめのうちは「なるほど、当然中国語には中国語の漢字の読み方があるのだな」と真剣に中国語での読み方を覚えようとします。が、だんだんと音読み・訓読みと中国語読みが頭の中でごっちゃになってきて、それが面倒になりそのうち真っ先にピンインを見るようになります。漢字を使った言語を学んでいるはずなのに、ピンインだけを使って学んでしまっているのでした。

 そうすると、面白いくらい漢字だけでは読めなくなります。例えば、携帯電話は「手机(shou ji)」なのですが、ピンイン無しでこれを読むのに、「えーっと、『手』という字は『掌』という字に含まれていて、『掌』は『ショウ』と読むから『手』は”shou”だ」などと頭の中で考えなくてはならないのです。恐るべき非効率さ。


 いずれの例にしても私はつい、目に見えるものにばかり頼ってしまい、音に耳を澄ますということを疎かにしてしまったのです。


 一度、英語使用者向けに開発されたアプリを使って中国語を学習したことがあります。英語使用者は漢字など初めて目にする方がほとんどでしょうから、まずは漢字の音声が読み上げられて、読まれた漢字を4つの中から選ぶ、という練習から始まります。数字の「一」が読まれて、「一」「二」「三」「四」の中から「一」を選ぶ。

 今これをお読みになった方、頭の中で「イチ」「ニ」「サン」「ヨン」と再生されませんでしたか?中国語では(カタカナで書くなら)「イー」「アル」「サン」「スー」です。骨の髄まで染み付いた音読み・訓読みはそう簡単には捨てられないかもしれませんが、これくらい簡単な問題をコツコツとこなしていくことで、徐々に「音読み・訓読み」の世界を脱して、やがて「一」と見たら頭の中で「イー」と再生されるようになる…というのが理想的なのかもしれません。


 「日本語使用者は漢字に慣れ親しんでいるから、漢字を使わない言語を使う人たちより有利」という説が必ずしも正しくない、ということがなんとなくでもお分かりいただけたのではないでしょうか。


 語学塾こもれびの塾長・志村がよく、「外国語を身につけるには、一度自分を壊さなくてはいけない」という趣旨のことを言っています。先日もTwitterで、ジュンパ・ラヒリ(著)/中嶋浩郎(訳)『べつの言葉で』(2015年、新潮社)から、こんな一節を引いていました。


 「新しい言葉を知り、そこにどっぷり浸かるためには、岸を離れなければならない」


 ここで言う「岸」とは、母語(第一言語)のこと。

 その意味では、中国語を学ぶ私はいつまでも中途半端に岸(=日本語)にしがみついていて、なかなか本格的に泳ぎださない、といった状態です。岸から泳ぎだすのではなく、何か見えない力によっていきなり湖の真ん中に放り込まれた方が、溺れまいと必死にもがくため、トレーニングには良いのかもしれませんね。


 そんなわけで最近は、なんとかしてピンインが目に入らないよう努力している私です。


 それでは、また。

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