• こもれびスタッフ

サルトルとみかん、でもやっぱりチョコレート



 こんにちは。こもれびでサルトルの『存在と無』を講読中の秋本です。

前回は「サルトルとチョコレート」と題して、複合過去と半過去の違いをチョコレートを使って実演してもらった話を書きました。今回は、チョコレートだけではなくみかんも登場します。


※ ※ ※


 先日扱ったのは以下の箇所。

 

 Il n'y a plus d'extérieur de l'existant, si l'on entend par là une peau superficielle qui dissimulerait aux regards la véritable nature de l'objet.


 1回の授業につき1文ずつというのんびりさで進んでいるにせよ、なんだかんだ言っても5文目。慢心した私は上の文を見て「特に難しい文法項目はありませんね!」と言い放った挙げ句、 “dissimulerait”を半過去形だと認識しました。

 するとそこで志村講師はにやりと笑い、「騙されましたね」と。「 “dissimuler”の半過去形は“dissimulait”ですよ。よく見てください、これには “er”がありますよ」。そう言われてよく見ると、たしかにあります、“er”が。


 文法事項の体系的学習をスキップしていきなり原文講読をするという暴挙に出ているため、知らない文法事項に出会うたびに辞書や文法書をひっくり返す必要があります。今回初めて出会った“dissimulerait”という形についても辞書を引き、文法書を一生懸命探したのですが目が滑って見つけられません。最後の手段でWeb検索の画面にこの単語を入れてみると… “Troisième personne du singulier du conditionnel présent de dissimuler.”という記述が( https://fr.wiktionary.org/wiki/dissimulerait )。


 で、出た!とうとう出ました!これが音に聞きし条件法!

 すっかり嬉しくなった私ですが、文法書に羅列されているのは「条件法の用法」が主で、いまいちその実態がつかめません。「さて、これらの用法に共通しているのはどんな要素でしょうかねぇ」と相変わらず志村講師は楽しそうです。あーでもないこーでもないと考えているうちに、「“条件”の“法”という名前がついている以上、明示されているにせよされていないにせよ、何かしらの“条件”が前提となっているんだ!」というとりあえずの答えにたどり着きました。

 その知識を得た後、改めて原文に立ち返ってみると…「(もし私が間違っていなければ)まなざしから対象の本性を隠してきた」表皮、という意味が見えてきます。条件法を使うということは、そこでは完全な断定がなされているのではなく、書き手によりいくばくかの留保がされている、ということだと理解しました。そう理解してみると、少しばかりサルトルがいじらしく思えてくるから不思議なものです。


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 その次の週には、その次の文。


 Et cette véritable nature, à son tour, si elle doit être la réalité secrète de la chose, qu'on peut pressentir ou supposer mais jamais atteindre parce qu'elle est « intérieure » à l'objet considéré, n'existe pas non plus.


 すごい。何がすごいって、一文の長さもさることながら関係節が長い。そして構造がなかなかに複雑。授業に臨むにあたっては手書きで原文を写しているのですが、書きながらワクワクしてしまいました。

 日本語だとどんなに一文が長くても、読点があることでなんとなく息継ぎができるような気がして、そこまでの苦しさはありません。ですが、(私見の域を出ませんが)関係代名詞を使うような言語は容赦なくどこまでも文が続き、ピリオドにたどり着く間に息が切れてしまいそうになります。それはさながらマラソンのよう。異なる文法や習慣を持つ言語を学ぶことの楽しさはそこにあるとも言えます(そこを経て日本語に帰ってくると、つい一文が長くなってしまうことがある、というのも実に人間らしくて面白い現象です)。


 この文は、骨だけを取り出してみるならば、“Et cette véritable nature n'existe pas non plus.”です。その周りに美味しそうなお肉がたくさん付いています。しかも、何重にも。例えとしては、スポンジケーキの周りに何層もクリームがある、と言ったほうが適切かもしれません。

 ですがこのケーキ、その構造が分かって、クリームの層の数も分かっただけでは、結局どんなケーキなのかよく分かりません。食べてみても、実に複雑な味をしているからです。というわけで、講師と生徒が力を合わせてケーキの謎に挑みます。

 志村講師が最初に持ち出したアイディアは、みかんのイメージ。「みかんの実」という「対象の本性」を覆い隠してきた表皮、それはすなわち「みかんの皮」というわけです。二人でみかんの形を手で表しながら、皮を剥いたりしてみます。

 ですが、「予測したり推測したりすることはできるが、決してたどり着くことはできない」という部分に差し掛かり、「みかんだと、中身がみかんだということは自明なのでたとえとしてはいまいちですねぇ」ということになり、前回同様たまたま近くにあったチョコレート(今度はメルティーキッスではありませんでした)の小袋を手に取りました。ただ目の前の小袋を見ただけでは、その中身がチョコレートなのか飴玉なのか、もしかしたら「空(から)」なのか、分からない、ということからイメージを広げていきます。


 そんな作業を経て朧気ながらもサルトルが言わんとしていることの一端が見えてきて、「外側は無い。本性も無い」と、「無」ということに早くも焦点が当たりつつある気がして(先を読んでいないのでその理解は正しくないかもしれませんが)、これから後、いかにして「存在」と「無」についての議論が展開されていくのか、ますます楽しみになってきたのでした。


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 ちなみに、授業が終わった後はあまりに頭を使いすぎたことで、講師も生徒もともにぐったり。半ば命がけです。

 「すっかり大変な思いをさせてしまったなぁ…」とやや反省した私でした。が、実は今度からこもれびで英語の授業も受けてみようかな、という気になり、どんな授業にしてもらいたいか考えているのですが、数日考えた末に出した結論はやはり講読。何を読みたいかなぁと思いを巡らせるうちに、ある1冊の本のことを思い出しました。


 Toshihiko Izutsu “Language and Magic”(1956)


 かの井筒俊彦氏による英文著作第一号。2018年に「日本語訳が刊行された」ことでその存在を知り、以来、いつかは読みたいと思っていたのでした。

 サルトルの講読で講師を疲労困憊させた反省はどこへやら、それと同じか、もしくはさらにその上を行く可能性すらある“泰斗オブ泰斗”である井筒氏の著作を、今度は田邉講師と読み解いていきたい次第です。はてさて、どうなることやら。

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