• こもれびスタッフ

この前教えてくれた「想像のレッスン」、読んでみました。

ードイツ語で「インタープレート」というと解釈者、通訳者のことだが音楽用語としては演奏者を意味する。そう、演奏とは書かれた楽譜の解釈のことである。では解釈ではない原型としての曲があるのかといえば、もちろん、ない。というのも音としてそれが現れるときはもう、楽譜のひとつの解釈であるほかないからだ。この点では写真に似ている。写真も原版はネガであるから、焼き付けたときはもう解釈である。そのつど焼き付けぐあいというのがあるからだ。ー 鷲田清一 (2019) . 想像のレッスン, 118



先日の「第3回こもレクチュール」で出会い、”想像”に”レッスン”ということばが並ぶことで産まれる素敵な違和感に、思わずその場でAmazonを開いて注文した本から。



届いてすぐに初めの数ページを読んでみたりして、その後は目次に立ち返り、見出しを眺めてみると…



ー「音楽」からの自由 高橋悠治・ゴルトベルク変奏曲ー



「自由」というより、単純に「音楽」というワードに惹かれて、そのページへ。



写真の例が示すように、焼き付けるという行為が解釈であり、解釈によって現像具合が変わります。


それは通訳者には通訳者ごとの訳し方があり、演奏においては発音の強弱や間合いが僅かに異なってくることで。


解釈は、

例えば音なら頭の中で鳴らすのでもいいけれど、実際に鳴らしてみると自分の解釈が周りにも伝わるし、


ことばを読むのなら、

それは意識がすこし文章から離れているくらいの状態で、今度は自分の解釈を外に表してみる。


思っていることと体の動きを一致させることは本当に難しく、

だから頭で感じたあとは実際に体を動かしてみてはじめて焼き付け具合がより鮮明な、

その人の「解釈」が現れる…し、届き得ない「わかった」により”近く”なる気がします。



とはいえ、外に現れるそれぞれの「解釈」のバラエティもさることながら、

それにはまず、

「可能な限り深く感じ、可能な限り深く離れて想像する」ことが大切だと思っています。





通訳なら、話者を、


音楽なら、例えば楽譜を、


自分で創作するなら、世界で感じるたくさんの「解釈」を。








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そういえば、最近英仏カフェではたまに「翻訳」をやっているんですよ。


みんなで同じ文章を訳してみる。読むにあたって知らない単語や文法はその場で解説して、その場にいるみんなが一通りその文を解釈するに足る知識をつけたのちに翻訳を開始します。それでみんなで発表する。


同じことばをよんでいるのに、みんなそれぞれの現像に。


翻訳しようと思うとき、文章を深く感じて想像するのはきっと楽しいですし、

そこに出てくる世界や登場人物との出会いもあります。


で、次は10月19日(土)なんです。もしよかったら遊びに来てくださいね。天気が良かったら、翻訳もやるかもしれません。

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