• こもれびスタッフ

「選ぶ」 ということ


「響先生のまわりっていい人ばっかですよね」


これは今週、ある生徒さんが僕に言ってくれた言葉だ。


「確かにね、そうだと思う」


「響先生がいい人だからですよ」


いつもながら彼はなんて気が遣えるんだろう。僕は感心した。



僕自身が “いい人” だとは、本当にあまり思わない。

でも僕の周りにいる人たちは、本当に素敵な人ばかりだ。



「でも昔からそうだったわけじゃないよ」


「そうなんですか?」


「うん。いろんなことを、自分で選ぶようになってからだと思う」



“自分で選ぶ” というのは、案外とても大変だ。

それに人生は、ほとんど “選べないこと” で出来ている。


たとえば明日の天気は選べない。

いくら晴れがよくったって、逆に雨がよくても、その日の天気を甘受するしかない。

でも、朝、自分が着る服なら選ぶことができる。

それは選べない天気のなかで、かろうじて気分を “選んでいる” のかもしれない。


僕たちはいつだって、“選べないこと” と “選べること” のはざまにいる。



    ———————————————————



『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』という本を最近読んだ。


著者は幡野広志さん。写真家として活躍していた最中34歳という若さで多発性骨髄腫というガンに罹り、また、幼い息子の父親でもあるという立場から、日々発信をされている方だ。


タイトルが示す通り、何かを “選ぶ” ことがこの本のテーマになっている。

そのなかでも、本書でいちばん大きなテーマは「家族」だろう。


幡野さんは、自分がガンに罹ってはじめて「闘病」の意味を知ったという。

それは病そのものや痛み、抗がん剤との闘いだけではなく、心配している風を装って(いや、当人は本当に善意から心配していると思っているのだが、それがむしろ裏目に出て) 自分に心ない言葉を浴びせてくる人たちとの闘いでもある。

そしてその相手はもっぱら近くにいる人たち、親類、そして家族だ。


「子どもは親を選べない」

よく聞くこの言説に、幡野さんはメスを入れる。

それは彼が自身の病と闘いながらいろんな生きづらさを抱えた人にインタビューをしていく中で、様々なかたちの親子関係のほつれに行き着いたからだ。


〝だからぼくは、切るしかないと思っている。

 関係の糸を断ち切る。距離を置くとか、境界線を引くとか、いろんな表現があるとは思うけれど、気持ちとしては強く「切る」。取材中、ぼくは何度も「たとえ血のつながった親でも、切っちゃっていいんですよ」と口にしてきた。少なくとも、その選択肢があることをみなさんに伝えたかった。〟


たしかに、“どの親のもとに生まれてくるか” は選べない。でも、人生を通して “誰と一緒にいるか” は選ぶことができる。

幡野さんは「家族」というもっとも強固に見えるつながりでさえも自分で再編成できると示すことで、“選ぶ” ことの大切さを教えてくれているように思う。


〝ぼくらはみんな、自分の人生を生きるために生まれてきたのだ。〟



そういえば、幡野さんとの出会いもこもれびだった。


今はモロッコに留学中の梨咲さんが、ある日突然 「読んだら、すごく大事な本になったんです。みんなにも読んでほしくて」と、幡野さんの前著『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』を持ってきたのだ。

梨咲さんがそう言うのなら、と思って読み始めたら、いつもは平気で一か月くらいかけて本を読む僕が一晩で読み終わってしまった。


それから幡野さんのことが気になるようになり、Twitterをフォローしたり、テレビで放送されていたドキュメンタリーを観たり、最近発売された『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』を自分で買ったりした。


世の中にはいろんな人がいて、その人の言葉に触れたときに「なんだか嫌な気持ちになる」人もいれば、「自分が肯定された気持ちになって、励まされる」人もいる。

幡野さんの場合、間違いなく後者だった。だからたぶん、幡野さんの本を読む前と読んだ後では、相対的に少しだけ、僕も “いい人” になっているはずだ。


さて、「幡野さんの本を読むこと」は、僕が “自分で選んだ” ことではない。

梨咲さんが薦めてくれていなかったら、今も知らなかったかもしれない。


でも、僕が “自分で選んで” いなかったら、こもれびに梨咲さんはいなかった。

いや、もちろん今は梨咲さんが “自分で選んで” こもれびと関わってくれていると願いたいのだが、僕が声をかけたのが最初のきっかけだったのだ。


それにもっと遡れば、こもれびという場所も、僕が、いや、僕たちが “選んだ”。

場所を選び、続けることを選んだ結果が今だ。



    ———————————————————



何か一つ大きなものを選ぶと、それに付随してたくさんの “選べないこと” に出会う。

海外に行くとか、何かをやめて何かを始めるとか、一緒にいたい人(あるいはいたくない人)を選ぶとか、その決断が大きければ大きいほど、“選べないこと” の数も増える。


それはさながら海に飛び込むようでもある。

一度身を乗り出せば、次々に押し寄せる波は読めない。

でも、荒波に揉まれていても舵取りは出来るし、方向は選べる。

その中で、「ココだ」というのを見極めて、サーファーは波に乗るのだ。



ところで、冒頭のやりとり。


「響先生のまわりっていい人ばっかですよね」


「確かにね、そうだと思う。


“君も含めてね”」


こう咄嗟に言えなかったことを、少しだけ悔やんでいる。


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