​黒田龍之助先生が来塾されました!

2019年1月22日、語学塾こもれびにて。

手に持っているのは、寄贈してくださった『ニューエクスプレスプラス ロシア語』(ご本人著)

黒田龍之助先生ご紹介

1964年、東京生まれ。上智大学外国語学部ロシア語学科卒業。東京大学大学院修了。スラヴ語学専攻。東京工業大学助教授、明治大学助教授などを歴任し、ロシア語、英語、言語学を担当。現在、神田外語大学特任教授。執筆と講演を中心に活動中。

主な著書

『ロシア語のかたち』『ロシア語のしくみ』『寝るまえ5分の外国語』『寄り道ふらふら外国語』『ことばはフラフラ変わる』『もっとにぎやかな外国語の世界』(以上、白水社)、『ロシア語だけの青春 ミールに通った日々』(現代書館)、『ぼくたちの外国語学部』(三修社)、『はじめての言語学』(講談社現代新書)、『外国語をはじめる前に』(ちくまプリマー新書)、『ポケットに外国語を』(ちくま文庫)、『語学はやり直せる!』(角川oneテーマ21)、『外国語を学ぶための言語学の考え方』(中公新書)、『物語を忘れた外国語』(新潮社) など

                               (文責:志村)

 「言語学」と「語学」は似て非なるものです。

 「大学で言語学をやっていた」と言うとキョトンとされることが多いのですが、それも当然、「言語学」はお世辞にもポピュラーな学問とは言えません。ただ、これを「語学」と勘違いしてしまう人のなんと多いことか。

 「語学」は、「外国語学習」と言い換えてもいいですが、みなさんの想像からそう遠いものではありません。中高で習った英語もごく狭い意味では語学と言えるので、ほとんどの方は語学の経験者でもあるわけです。そして一部の人は大学で第二言語を学習したり、海外に留学したり、社会人になっても学校に通ったり、あるいは独学で、「語学」との付き合いを長引かせることになります。

 「言語学」は、基本的にはそれとは関係ありません。「語学」を目指して作られたものではないので、「言語学者であれば何か国語もできる」というのは必要条件でもなければ十分条件でもありません。言語学は、ことばの科学です。ことばは音、文字、意味、文法などおよそ無限の要素から成り立っていますが、そのひとつひとつを分解し、古今東西に亘って解明していくのがおおざっぱに言えば「言語学」なのであって、読むなり話すなり実際的な運用を目指した「語学」とは分けて考えます。

 2018年3月、当時お隣の武蔵小金井にあるシェアスペースで活動していたこもれびは国分寺への移転を決め、名前も“語学塾こもれび”に改定、「語学学校でもなく塾でもなく、そのどちらでもあるもの」を一つの手がかりにコンセプトも練り直しました。

 その際、僕は「どうにかして言語学を語学(外国語学習)に生かせないか」と頭をひねっていました。「言語学」と「語学」は似て非なるものです。かといって、もちろんまったく無関係でもないのです。東京外国語大学で言語学を学んだのですが、大学院まで進んで言語学の研究者になろうとは思いませんでした。同時に、“ネイティブ神話” がまかり通ってしまう日本の外国語学習の現状にも疑問を持っていました。そこで、敬遠されがちな発音や文法の勉強にも言語学の知見を応用できないか、ひとり考え続けていたのです。せっかく多くの分野で発展している言語学が一般に、外国語学習者にもほとんど知られていないことにも疑念と不満を抱いていました。

 そんなある日、知り合いと外国語についていろいろと話していたら、僕が何を言ったのかは覚えていませんが突然「あなた黒龍みたいなこと言うのね〜」と言われました。僕はとまどい、最初はどこの烏龍茶だろう?と思いましたが(ごめんなさい…)、この“黒龍”こそ、黒田龍之助先生のことだったのです。「知らないの?有名な言語学者よ」。今思えば本当にこの時まで黒田先生のことを存じ上げていなかったことが不思議なくらいですが、はじめて彼の本を読んだとき、「一人じゃないんだ」と強い安堵を覚えました。自分のやりたいことを、ずっと前からやっている人がいる。「言語学」と「語学」、それぞれにかける情熱のバランス感覚が理想的で、僕もこれでいいんだと、背中を押されたような気持ちになりました。

 『外国語をはじめる前に』の裏表紙にはこんなことが書いてあります。

気軽な気持ちで外国語をはじめたじけれど、途中でいやになってやめてしまったことありませんか。その原因は、「言語学」の基本を知らなかったから。つまずきやすいみんなのための最初の一冊。

 ​社会学や哲学など他の学問同様、“言語学” というとなんだか大仰で、難しいような気がしてしまいます。でもそうではなく、言語学は僕たちが普段使う言葉のしくみを教えてくれ、さらには外国語学習のための手引きにもなるのです。

 「語学」はよくスポーツや音楽に例えられます。これは「反復が大事」とか「一日怠ったら鈍る」のような文脈だと思いますが、ここに「言語学」も登場させるとなるとどうでしょう?僕は、言語学はスポーツにおける体幹トレーニング、あるいは音楽におけるソルフェージュ(音楽理論や譜読み)のようなものだと思っています。体幹がしっかりしていなくてもある程度サッカーは上手くなりますが、プロにはなれません。しかし体幹さえしっかりしていれば他のどんなスポーツをやってもそれなりの成果が出せます。また、楽譜が読めなくてもギターは弾けますが、ピアノを弾いたり作曲しようと思えば音楽理論は必須だし、その知識はすぐさま他の楽器にも活きるのです。

 「語学」では、こういうことがあまり考えられていないように思います。サッカーならサッカーの練習を、ギターならギターの練習をしていればいいとでも言わんばかりに英語なら英語、フランス語ならフランス語の勉強に躍起になって、その根底にあるものにはあまり目を向けられていないように思います。

 黒田先生はこれを料理に例えます。

 常日頃より考えているのだが、外国語学習は料理に似ている。

 料理に必要なものといえば食材と調理法。言語の場合はそれが語彙と文法に相当する。おいしい料理は、豊富な食材と巧みな調理法の両方が揃ってはじめてでき上がる。外国語を操るときも同様で、豊富な語彙と巧みな文法が一つとなったとき、豊かな表現が生まれるのである。(中略)

 だが外国語学習には、別のスパイスがある。

 言語学である。

 言語学は学問分野の一つであり、外国語学習のために存在するのではない。だがそのなかには、ことばを学ぶためのヒントがいろいろ含まれている。

(『外国語を学ぶための言語学の考え方』より抜粋 )

 もちろん、言語学のことを何も知らなくても外国語が達者な人はたくさんいます。しかし、言語学を学ぶことで、また違った角度から語学を見つめ直すことができ、初心者なら最初の一歩を踏み出すための羅針盤を、中級者なら道に迷ったときに頼りになる提灯を、手にすることもできるのです。

 ここで僕が割いた量の何万倍もの文字を綴って、黒田先生は今まで「言語学」と「語学」の橋渡しをして来られました。実際に僕が先生とお知り合いになるまでの経緯は省きますが、今回わざわざ語学塾こもれびまで足を運んでくださったのです。願ってもいなかったことですが、「ことば」をキーワードに語学や勉強の楽しさを知ってもらいたいと考えるこもれびにとって、本当に光栄なことです。改めて、ありがとうございました。

左からスタッフ根本、塾長志村、黒田龍之助先生

開校時間

火~金 16:00~21:30

所在地

〒185-0012 東京都国分寺市本町2-22-2第一鴨下ビル201

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